sugarbeans さいごのぽんこつ日記

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気配とピアノ
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自分の弾くピアノはなぜか憂いを含んでしまうんだけどいつからそうなったのかはわからない。

明るくも聞こえるし悲しくも聞こえるしそのどちらでもない気もするし。

もっともっとむき出しのピアノを弾けるようになりたい。指先だけじゃなくて体の周り全体からピアノを弾くように。

そしてフロントに立つ人の周りから出る気配を感じて、一緒になりたい。むき出しだったらなんとでもなれるから。

今ピアノが楽しい。

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カマシの魂
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最近はKamasi Washingtonに体が完全に持っていかれている。
ポップスやロックの仕事をしながらも、体はカマシだ。
カマシのことをインターネットのヤホーで調べたら、生まれ年が同じだった。まじかよカマシ。
50歳くらいまでにこんなアルバム作ってみたいなーなんてのんきなことを思ってたけど同い年かよカマシ。
昨日も新幹線の中でずーっとカマシにどっぷり浸かっていた。
最新作とその前は平気で3枚組だし、何人いるんですかこれっていうくらい豪華なミュージシャンの人数と、恍惚なメロディーと鮮やかなオーケストレーション、カマシのたまらないサックスプレイ、もうこれは完全にユニバースだ。
ユニバースなんだ僕が到達したいのは。言葉にするとばかみたいだから誰にも言ったことないけど。
最初からすでにユニバースに手が届いているかのようなサウンドだ。すごいカマシ。
あー早くまたカマシを聞きたい。今は手元にカマシがない。
カマシ。カマシ。カマシ。
僕もユニバースに近づきたいけど、どうすればいいんだ。教えてくれカマシ。


それはそうと、僕は前出したアルバムから7年も経ってしまったから、そろそろ作らなければなと思っているところ。
ただ、今作るとカマシみたいになってしまいそうなので、すこし落ち着いてからもう一度考えよう。
あぁでもそれもそれでいいなぁ。
僕だったらこの手が届きそうで届かない感じを作品にできればいいなと思う。

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大森靖子「MUTEKI」によせて
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大森靖子 ニューアルバム「MUTEKI」をプロデュースしました。

プロデュースしました、と言いながらかなりの違和感はあるのですが、一緒に作った、作っているときに一緒にいた、みたいな感じです。


プロデュースというと、そのアルバムには終始マーキングのようにプロデューサーの色がついているような印象ですが、それがいい方に作用するときとしないときがあると思うんです。

靖子ちゃんから弾き語りアルバムをプロデュースしてほしいと言われたとき、これはすごいことだと思った。


僕は色をつけようとはしません。だけどその人の持つなにかを安心して出せる環境づくりはできるから、そのままの魅力が引き出せるのではないか…

自分ではよくわかっていなかったのですが、妻がそんなようなことを言っていました。

それを知ってか知らずか(きっとわかっていたんだろう)、このタイミングで僕にオファーしてくれたこと、とても光栄に思います。

そして同じく安心できてシャレも通じるエンジニア原真人さんと3人でげらげら笑いながらも、真摯に、丁寧に録音していきました。

とてもいい環境で、最高のアルバムができたのではないかなと思っています。



ここからは回顧。


大森靖子を初めて認識したのは、カーネーション直枝さんが鳴り物入りでプロデュースをしたシンガーソングライターがいると噂を聞いたところからだった。

それからしばらくして、ベース鹿島達也さんと会ったときに、このあいだ大森靖子っていう子の後ろで弾いて、なんだかものすごかった、という話を聞いて、大森靖子はなんだかものすごいんだと思った。

まだ会ったことも聞いたこともないのに、なんだかものすごいという情報だけが肥大して、勝手にちょっと怖くなっていた。

(だけどたいていそう思う人って、実際その後会って、気が合うことが多い。)

そしてさらにその後、堂島孝平さんのライブの打ち上げで小さな中華屋に行った時、偶然直枝さんがいらして、その横にピンク色で小さく座っていたのが大森靖子だった。

伏し目がちでできるだけ存在感を消そうとしていた彼女は、肥大したなんだかものすごい、とはかけ離れていて僕はいっそうおそろしくなった。


そして間も無くして、直枝さんから大森靖子のツアーで、キーボード奥野真哉さんの代わりに何公演かやってほしいとの連絡があった。

直枝さんからのお願いは断らないことにしているので、二つ返事で引き受けた。

奥野さんの代わりということでかなりのプレッシャーと戦っていたので、最初は演奏するのに必死で正直心から向き合うことが困難であった。

だけどたまに、自由にできる靖子ちゃんと僕のピアノだけの部分でとてもしっくりと引き合う感覚があった。

それからはことあるごとに呼んでくれるようになった。


最初の印象である、なんだかものすごい、は未だに変わらない。まだ聞いてもいなかったあの頃からはまるで違う方向のなんだかものすごい、だが。


アルバム1曲目の「流星ヘブン」は、弾き語りを聞いたときからあの音の風景が鳴っていた。少しのヒントをもらって、デモを作って送ったら、すぐにOKをもらえた。自分でもかなり気に入っている編曲だけど、もしかして僕が魅力を引き出しているのではなくて、反対に靖子ちゃんに引き出されているのではないか?と思ったりもする。

なんだかものすごい。

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10年ぶりの美容院のはなし
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ずっと髪をやってもらっていた美容師さんが、実家の美容院を継ぐとのことで藤沢の奥のほうに行ってしまった。

僕の住むところからは果てしなく遠いので気軽に行けなくなってしまい、ここ数回は妻が通っている美容院に行っていた。

しかし僕に見合わないほど素敵なところだったので、だんだん行くのを遠慮してしまい、髪は伸びる一方だった。

とうとう美容院難民になってしまい、苦しい日々を送っていたところ、ふと10年くらい前に初めて東京で一人暮らしをしたとき通っていた美容院を思い出した。

ある時、何でもいいですと言ったとき、僕の髪型をIKKOみたいな前下がりボブにした伝説の店長がいるところだ。

10年くらい経ってるから独自の路線に突入して変な髪型にされたらどうしようとか、気さくなお姉さんだった店長が難しい人になってたらどうしようとか、いろいろ考えて電話をかけるのをためらっていた。

いよいよ髪が限界を迎え、しぶしぶ予約して行ったら、むこうも覚えていて、奇跡的にちょうど10年ぶりで、店長の人柄も変わってなくて、腕もさらに磨きがかかっている感じで、結果的に最高な気分で店を後にした。

これからはこまめに行けそうなので、常に本当の姿でみなさんにお目にかかれそうである。

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「のりくみいんの休日」のはなし
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昔つくった曲の中に「のりくみいんの休日」という曲があるのをとつぜん思い出した。

トロンボーンがメインのインスト曲で、たぶんいい曲だったような気がするけれど今はまったく思い出せない。


今でこそ僕は編曲屋さんみたいになっているが、音楽があふれてしようがない20代のころは、取るに足らない日記のような曲をたくさん書いていた。

そのころはまだ気軽にデモテープを作れる環境じゃなかったから、もっぱら五線紙に曲を書きつけていた。

電車の中で曲ができて五線紙がないときは紙きれの端にメモしたり、歩いているときに思いついたら家に帰るまで忘れないように頭の中で鳴らし続けたりしていた。

何かのために書いていたわけではなく、自分からどんどん出てきてしまうものをただ書きつけるしかなかった。

それらの多くは演奏されずにただの紙きれになってしまったが、いろんなバンドをやっていたのが幸いして日の目を見たものもあった。


「のりくみいんの休日」も人前で演奏したような気がしてきた。

最初はのんきな感じで、途中でテンポが速くなるってところまでは思い出したのだけど、どんな曲かは本当にわからない。

でもまあそれはそれでいいや。どうせ一生続いていくから。

いま出てくる音楽を書きつけていこう。

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